「思考の天才」が築き上げたデータベース
そのときどきの話題やイベントにフォーカスし、『J論』サイト上で論を交わす時事蹴論。今回はサンフレッチェ広島の名物番記者・中野和也が至ってシンプルなテーマに挑む。「なぜ佐藤寿人は点が取れるのか?」。11年連続二桁得点を記録し、通算200得点も目前の点取り屋。4月29日の横浜F・マリノス戦でも驚きのゴールを刻んだこの男の極意に迫った。
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サッカーの本質とは何か。佐藤寿人というストライカーは、常にそんな大命題を見ている側に突きつけてくる。
『佐藤寿人がなぜ点を取れるのか?』
このテーマに対して、果たしてどんな答えが出せるだろう。J1通算147得点。J2と合わせたリーグ戦トータルとしては前人未踏の「200得点」まであと3点に迫った。昨年まで11年連続二桁得点を記録するなど、安定性でも不世出のストライカーと言っていい。だが、彼の身体能力は決して突出しているわけではない。高さもないし、ドリブルを持っているわけではない。ガッチリとした身体をつくりあげてはいるが、豊田陽平(サガン鳥栖)ほどの強烈さを望むのは酷だ。
なのに、佐藤寿人は点が取れる。
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横浜FM戦で7試合ぶりのゴール。相手がカバーに入る中、驚くべき反応でネットを揺らした【写真:築田純/アフロスポーツ】
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4月29日に行われた横浜FM戦における彼のJ1通算147得点目は、「どうして寿人は点が取れるのか」という命題のさらなる提示である。
右サイドからのFK。逆サイドで塩谷司がヘッドで競り合い、折り返しを水本裕貴がボレーシュート。だがジャストミートできないそのボールは、横浜FMのGK榎本哲也がキープすると思われた。たとえこぼしたとしても中澤佑二がカバーしており、横浜FM側にしてみれば失点するとは思えないシーンである。
ところが次の瞬間、ボールはゴールネットを揺らした。いったい何が起きたのか、さっぱり分からない。視線を動かすと寿人が走り、横浜の夜の空に向けて思い切りジャンプしていた。その状況から、広島のエースが7試合ぶりのゴールを決めたことは疑いない。
だけど、どうやって決めたのか。
ビデオを見ると、水本がシュートを打つ前に彼は既にスタートを切っていた。まるでボールがこぼれてくることが分かっていたかのように、その場所に走っていた。それでも寿人の動きを熟知している中澤がストライカーの前に体を入れていた。そのはずなのに、ボールはネットの中に入っている。映像ではそこの瞬間がよく分からない。
それはもう、本人に説明してもらうしかあるまい。
「本当はミズ(水本)のシュートコースを変えたかった。体勢が良くなかったから強いシュートは打てない。枠には飛ぶだろうと思ったので、ちょっと触ればゴールになる、と。そこを狙って準備したんだけど、思った以上に(ボールが)強くて。なので、逆サイドにボールがこぼれてくるという方向に(修正した)。シュートは(中澤の)股の間から。GKがキャッチすると思ったんだけど、はじいたので、そこで足を出したんです」
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そこに自分を存在させること。その瞬間に足を出してボールに当てること。そういうストライカーとしての特性をよく「感覚」という言葉で表現する。「嗅覚」という表現もそうだが、寿人はその言い方を素早く否定した。
「そうじゃなくて蓄積なんですよ。大げさに言えばデータベースです」
息をのんだ。
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「この方向からシュートを打てば、ここらあたりにボールがこぼれてくる。これまでのデータから確率が高い状況を予測し、それに対する反応と準備を怠らないこと。もちろんすべてが同じパターンになるわけではないけれど、確率の高さを信じて準備をしておく必要はありますね」
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データはどこでインプットしているのか。
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「もちろんこれまでの試合での蓄積もそうだし、練習もそう。また、いろんなゴール映像をずっと見ている中で『どうしてこういうゴールが生まれたのか?』ということは、考えるようにしています。それは高校生の頃からずっと続けていることですね。他の選手よりはサッカーを見ていると思うので」
以前、彼に「自分のゴールはどれだけ覚えている?」と聞いたことがある。その時の返事は「全部」だ。実際、彼に「○○戦のゴールについて」と話を振って、言葉が行き詰まったことは1度もない。また昨年、プスカシュ賞(FIFA年間ベストゴール)についてのインタビューで、彼以外の選手が決めたJリーグでのスーパーゴールについても、まったくよどみなく話をしてくれた。映像を見なくても語れるし、映像を見ながらではもっと詳細に話ができるレベルだ。
そのデータベースの話で言えば、2013年9月28日、対鳥栖戦で美しいループシュートを決めた時の彼のコメントにも驚愕した。
「1993年の米国ワールドカップアジア予選・タイ戦の(三浦)カズさんのゴールをイメージしたんです。あのゴールを小学生の時に見ていて、あれからそのシュートばかり練習していました。自分のイメージを可能にする技術は練習で磨かないと試合で決まらない」
実は昨年のプスカシュ賞候補となった川崎戦のゴールも、決して即興ではなく、練習から何度もトライしていた形が実を結んだもの。アイデアとは全くのゼロから生まれるのではなく、過去の模倣や実績の応用から形になる。そんな現実を、広島のエースは体現してくれている。
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スーパーコンピュータ並みのデータ蓄積量と解析スピード。これらの武器を生かし、寿人はゴールを量産している【写真:アフロスポーツ】
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「佐藤寿人はどうしてゴールを奪えるのか」
その命題に対して、答えはいくつも用意できるだろう。その中であえて最大の武器をあげるとすれば、寿人が持っているスーパーコンピュータ並みのデータ蓄積量と解析スピードにある。シュートまでコンマ数秒しか時間のない中で適切なシュートを放つために、過去のデータから参考事例を引っ張り出し、それをこの場面に応用する形でアウトプットする。中澤の股間に足を出して決めた今回のゴールも、彼がこれまで経験したこと、あるいは見聞したことをデータ化していた中で最適解として引っ張り出した結果なのだ。
筆者は佐藤寿人を表現するのに「思考の天才」という言葉を使ったことがある。「思考する天才」ではない。思考を重ねることを自然に無理することなくできる人材。考えを積み重ねて、そこから最適な答えを紡ぎ出すことを猛スピードでやれる才能を持つ、という意味だ。だからこそ、彼は20代の肉体ではなくなっても点が取れる。データベースの蓄積量が巨大になった30代で、得点王とMVPを獲得するに至ったのだ。
横浜FM戦での広島の勝利は、試合内容からすれば必然だっただろう。だが、どんなにボールを支配してもチャンスをつくっても、ゴールできないと勝利はつかめない。どんな形であろうとも、泥くさくても、ボールをネットに入れないとゴールにはならないし、サッカーの本質的な目標はゴールだ。そこは形うんぬんではない。ねじ込まないと先はない。浅野拓磨や野津田岳人といった若いアタッカーたちにもっとも学んでほしいのは、佐藤寿人という男が続けている思考の積み重ねと、常に努力を続けていく姿勢にある。何よりそのすべてが「ゴール」という目標にシンプルに向かっていること。それが思考に明確性を生んでいるのだ。
「自分自身、これでいいって満足したことは一度もありませんね。現状維持でいいと思ったら、現状すら維持できずに落ちるだけ。もっともっと良くなりたい。そういう気持ちで積み重ねて、ようやく現状を維持できると思っています。上積みを続ける意識をかなり大きく持たないと続けていけない」
繰り返しになるが、あえて書いておきたい。
寿人よりも身体能力が高いストライカーはいただろう。寿人よりもドリブルができる。寿人よりもヘッドが強い。寿人よりも遠い距離からシュートできる選手もいただろう。だが、佐藤寿人ほど長く安定してゴールを量産できている選手はいない。
それはなぜなのか。
考えれば考えるほど深遠なテーマを思考する一助として、このコラムが参考になれば幸いである。今の日本サッカー界が直面する「若いストライカー不足」という問題にも、佐藤寿人という巨大な主題と向き合うことで、方向性があらわになるような気がしてならない。
tagPlaceholderカテゴリ: 2015年5月